かつらの売買契約につき錯誤無効が認められた事例

本件は、25歳の男性の締結したかつらのクレジット契約について、売買契約の際に販売業者から「毛根の組織が死んでいるので自分の毛が生えるということは望めない」と説明され、その旨誤信した結果契約したものであり、売買契約は錯誤無効であるとする消費者の主張を認め、クレジット会社に対する抗弁の対抗を認めて支払請求を棄却した事例である。(福岡地方裁判所平成13年10月18日 判例集未登載、兵庫県弁護士会ホームページ掲載(請求棄却、確定))

事件の概要

X(原告):信販会社
Y(被告):消費者
A(関係者):毛髪関連業者

 Y(昭和49年生まれ)は、平成11年1月初め、頭頂部に500円玉くらいの大きさの円形脱毛が生じていることに気づいたことから、平成11年1月23日、A天神店を訪れて毛髪診断を受けた。Yは、従業員から毛髪診断の結果について説明を受けた後、Aとの間で、長い髪の毛のようなものをYの髪の毛に結び付けて髪の毛を増やすことによって円形脱毛部分を目立たなくする増毛コース (24万円)の契約を締結した(第1契約)。

 その後、Yは、同年2月26日、上記に加えて円形脱毛部分の周囲の髪の毛を太くして円形脱毛部分を目立たなくする育毛コース (50万1165円)の契約も締結した(第2契約) 。Yは、第2契約を、Aの店舗に出向いて育毛のケアをするものと思って申し込んだが、実際は、自宅に美容院のパーマ機のようなものや、シャンプー、リンスなどを置かなければならず、家族に円形脱毛を内緒にしていたにもかかわらず、そのようなものを自宅に置けば家族に知られてしまうことから、同契約を解約することにした。そして、Yは、Aの従業員からの勧めにより増毛に力を入れることにし、同年3月17日、Aとの間で第2契約を解約するとともに、従前の第1契約よりも高額の増毛コース(97万3635円)の契約を締結した(第3契約)。

 しかし、増毛は髪の毛が伸びると増毛した部分がせりあがってくるため、何度も増毛をやり替える必要があり、手間も費用もかかることから、Aの従業員からカツラ(インテグレーション)のほうが安上がりとなり得であると勧められ、本件売買契約を締結した(第4契約)。

 Yは、Aの従業員から「毛根の組織が死んでいるので今後は広がる一方で、自分の毛が生えるということは望めない」と説明され、その旨誤信した結果契約したものであり、本件契約は錯誤無効であると主張したが、Aは「毛髪に関する専門企業ではあるが、医師等ではないので、発毛しないかもしれないという可能性を述べることはあっても発毛しないと断定的に説明することはあり得ないし、当時の従業員はそのような説明をしていない」と主張した。クレジット会社Xが支払いを求めて提訴、Yは売買契約の錯誤無効により支払停止の抗弁を主張して争った。

理由

 Yは、最初A天神店を訪れた際、まだ25歳であり、しかも円形脱毛に気づいてからわずか20日くらいしかたっていないのであるから、Aの従業員から頭髪診断の結果として発毛しないかもしれないという可能性を説明されたに過ぎなければ、発毛するためにはどのようにすればよいかというアドバイスを求め、しばらく発毛してくるかどうかようすを見るはずであるのに、診断を受けたその日に増毛コースである24万円もの第1契約を締結しているうえ、その後も育毛コース、増毛コース、かつらであるインテグレーションと次々に契約を締結し、その総額は200万円近くにまでもなっていることからすると、従業員2名の供述は信用し難く、A従業員から、「毛根の組織が死んでいるので今後は広がる一方で、自分の毛が生えるということは望めない」との説明を受けたことから、頭頂部の円形脱毛部分の毛根組織が死んでおり、その部分からの自然発毛はないものと誤信した旨のYの供述は信用できる。

 そうすると、Yは、頭頂部の円形脱毛部分の毛根組織が死んでいなかったにもかかわらず、毛根部分が死んでおり、その部分からの自然発毛はないものと誤信して、本件売買契約を締結したことになるから、本件売買契約には動機の錯誤があるというべきであり、またA従業員が前記のように「毛根の組織が死んでいるので今後は広がる一方で、自分の毛が生えるということは望めない」との説明をしているのであるから、AもYがそのような錯誤に陥っていることを認識していたはずである。

解説

 25歳の男性が円形脱毛となり、自分からテレビコマーシャルなどで有名な増毛サービス業者の営業所に出向き、次々と4件、合計金額200万円近くに及ぶ高額な契約をさせられた事案に関する判決である。

 本件で問題となったのは、販売業者の担当従業員のセールストーク「毛根の組織が死んでいるので今後は広がる一方で、自分の毛が生えるということは望めない」とする説明が行われたかどうかであった。販売業者側はセールストークを否定したが、判決では、消費者が25歳という若者であり、円形脱毛を発見してからわずか20日くらい後の契約であるのに次々と4回にわたり合計200万円近い契約を締結させていることなどを総合的に判断して、セールストークが行われたものと認定した。

 その上で、「毛根の組織が死んでいるので今後は広がる一方で、自分の毛が生えるということは望めない」とする説明を信じてその旨誤信して契約を締結したもので動機の錯誤に当たること、動機は表示されており販売業者は承知していたことから、民法上の錯誤無効に該当するものと認定した。

 動機の錯誤であっても、動機が契約の相手方に表示されている場合には民法上の錯誤無効に該当する、とする考え方は通説判例であり、本件はこうした判決の一つである。

 増毛サービスやかつらの販売では、消費者のコンプレックスや不安に付け込んだこの種のセールストークが用いられることが少なくない。勧誘の際のセールストークの内容や契約に至る経過などを詳細に把握することにより、錯誤無効が認められるケースもあり得るので、聞き取りや事実経過の把握の重要性を示す事例であるといえる。

参考判例

 同種事案につき、本件と同様の解決を図った判決として、

  1. 福岡地裁平成17年3月16日判決・判例集未登載、兵庫県弁護士会ホームページ掲載がある。また、同種事案につき、「このまま何もしなければ確実にはげる」と言われ、不必要なかつらを買わされた消費者が、80万円で和解した事案について新聞報道がある(毎日新聞'02年11月20日朝刊)。

 このほか、コンプレックス商法において、動機にかかわって要素の錯誤が肯定された事例として、

  1. 大阪地方裁判所昭和56年9月21日判決『判例タイムズ』465号153ページ(「永久脱毛」の効果がなかった永久脱毛機の売買契約につき錯誤無効が認められた事例)
  2. 横浜地裁平成15年9月19日判決『判例時報』1858号94ページ(レーザー治療が禁忌とされる症状であるにもかかわらず、その旨の説明がないまま染みの治療が行われた事案につき、動機の錯誤であるがこの動機は表示されていたなどとして、診療契約の錯誤無効が認定されたうえ、説明義務違反による損害賠償請求も認容された事例)

がある。

注 錯誤とは
 錯誤とは、意思表示をした表意者の内心の効果意思と表示との間に不一致があり、表意者がそのことを知らないこと。民法95条は、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする」と規定する。法律行為の要素、すなわち、法律行為のうち、社会の一般人が重要であると認める部分について錯誤があれば、意思表示は無効となるのである(ただし、表意者に重大な過失がある場合、表意者は、自らその無効を主張することができない)。

 錯誤は、表示の錯誤・内容の錯誤・動機の錯誤に分類される。例えば、本屋で、エラリー・クイーンの『Xの悲劇』を買うつもりで、『Yの悲劇』をくださいと注文してしまったならば、これは、表示の錯誤。『Xの悲劇』も『Yの悲劇』も同じだと思って、『Yの悲劇』を購入したなら、これは、内容の錯誤。装丁が新しくなったため、新訳が出たと誤解して購入した場合は、動機の錯誤である。

 表示の錯誤・内容の錯誤があれば、当該意思表示は民法95条により無効となる。一方、伝統的理論によれば、動機の錯誤の場合には、表示意思(「この本をください」)に対応する効果意思(「この本を買う」)が存在するため、民法95条の適用が否定される。しかし、これはあまりに不当であり、現在では、通説・判例も、動機の錯誤について、その動機が契約の相手方に表示されていれば、民法95条の適用を認めている。前の例で説明するならば、新訳だから買う、という動機を店員に伝えているか、あるいは、当時の状況から、この動機が明らかな場合には、動機の錯誤であっても、動機が表示されていたとして、重大な過失がない限り、意思表示の無効を認めるのである。
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